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Y's cafe 五代目社長の眼

「地図小僧」

 知人に薦められて読みはじめたら翌日の早朝からの予定を忘れて読了してしまうほどミステリー小説のように引き込まれてしまったノンフィクション・ノベルがある。『古地図に憑かれた男 -史上最大の古地図盗難事件の真実-』(マイケル・ブランディング著/青土社)
 古地図の売買に関わる米国人ディーラーのエドワード・フォーブス・スマイリー三世は名うての慧眼を持つ男で、密かに海外の図書館や博物館から稀少な古地図を盗みだしていた。そもそも欧米を中心とした古地図の世界には独特な価値観が存在し、売買においても一級美術品クラスに肩を並べるほどの高額な取引が行われている。古地図に憑かれた男が何故、自らの人生を破滅に追い込むような地図そのものを盗む行為を重ねたのか。一人の地図ディーラーの数奇な人生をたどりながら、古地図の持つ迷宮のような魅力を探るというものだ。

 大航海時代以前から未知なる世界への興味と逞しき好奇心は、ヨーロッパ諸国における海外との交易や新たな販路の開拓が盛んになるにつれて、香辛料、原材料などを求めた道なき道を求めるものたちへと、飛躍的にそのニーズが高まっていく。北極星や金星、南十字星といった自然の道しるべから世界地図、海図、航海図、地形図など珍重品として高価な値段でもてはやされる時代へと進む。
 やがて、測量術、測量機器の進化。さらには衛星写真やGPSのテクノロジーが地図そのものを大きく変える。しかし、現存する古地図には、希少性と骨董的価値とともに時代を超えたロマンともいうべき悠久の時間が託されているのか、その人気は衰えることがない。



 告白するまでもないが、子ども頃、ぼくは「地図小僧」だった。大通りを渡ったところにある神社の境内や近所の大学のグラウンドで暗くなるまで野球をして、あたりがとっぷりと暮れるとグローブを通したバットを担いで、薄桃色の街灯だけがたよりの小道を家路に急ぐ。犬や猫の散歩もそこそこに、テレビで「忍者部隊月光」「狼少年ケン」「少年忍者風のフジ丸」などを見ながらフジサワ、フジサワ~、藤沢薬品♪と主題歌を口ずさみながら、いつも「日本分県地図」をボロボロになるまで頁をめくり続けた。「日本分県地図」は、都道府県ごとに見開き2頁でひとつの地域が掲載されていて表紙と裏表紙がハードカバーで出来ている、子どもにとっては少し背伸びした気分のする持ち物だった。叔父の家に行くたびに書棚で見つけたその地図集を手に取っていたら、それ持っていっていいよ、と譲り受けたのだ。

 地図の面白さは、毎日、毎日、それこそ舐めるように見ているのに気付かなかった駅名や小さなバス停の名前にある日突然、見つけることが出来たりする、いわば発見の喜びがあるからである。さらに行ったこともない県なのに、地図を開く。国鉄の白黒の線路をたどって気になる駅を見つけて、想像の中でホームに降りる。駅前の風景を思い浮かべて、バスを乗り継ぎ、停留所のマークを見失わないようにナンバーもついていない山道をたどり、トンネルを幾つもくぐる。やがて峠道を越えていくと、難解な漢字の村の停留所が見えてくる。バスを降りるのは自分と地元のおばあさんぐらいか。よろず屋さんが一軒あって、店先に箒がぶら下がり、食べ物やスリッパなど生活雑貨も売っていて、アイスクリームの冷凍ケースのモーターがブンブン低く唸っている。小さな納屋のトタンの壁には、カレーをすすめる松山容子や、オロナインの浪花千栄子のホーロー看板で笑っている。雨露にさらされているのに明るい笑顔だなと近づいてみると、看板の端っこが少し赤く錆びていて、爪で擦って見ると指先が赤茶けて鉄っぽい臭いがする。裏山の森の中腹に鳥居が頭を出しているのが見える。山道を登っていく。傍らには果樹園のマークが点在している。桃なのか、柿なのかわからない。でもきっと甘酸っぱい香りと雨上がりの遠足の山歩きを思い出す、懐かしい土の匂いだ。そんな妄想旅行によく出かけていた場所が幾つかある。長野、鬼無里。岩手、龍泉洞。箱根、強羅。岐阜、筑豊、郡上八幡、伊豆…。

 次に熱中していたのは「東京区分地図」。つまり23区がそれぞれ見開きのページに広がっている。
 私の記憶が正しければ、当時、プロ野球選手名鑑のようなものが売られていて、選手の住所や電話番号が細かく記されていたのだと思う。例えばジャイアンツだと王も長嶋も堀内も国松も全部書いてある。若手選手は寮住まいだったり、○○様方と下宿先までわかる。だからその住所と地図をにらめっこしながら、家を探しに友達と出かけて行ってはどれも豪邸ばかりで、見つけたら見つけたで子ども心になぜか恥ずかしく、一、二度家の前を行ったり来たりすると、そのまま走って帰ってきた。



 テレビ映像の中における「地図」の表現が、グーグルの衛星写真の多用を中心に変わってきた。かつては位置を大まかにとらえる広域図と、細かい位置関係を描く詳細図の二段階で伝えられることが主流であったように思う。独断ながら分かり易い番組オリジナルの地図が登場する番組は作りもしっかりしている。伝えようとするポイントがブレていないことの証左でもある。私も何度も地図の原稿を書いては直し、書いては苦悶してきた。スマートフォンや端末操作のピンチイン、ピンチアウトのごとく我々には瞬時にワイドやズーム、拡大、縮小したりしながら対象を見つめる習慣が自然と入ってきている。俯瞰図を進化させたカシミール3Dや色分けした地形図など、空間や複眼的なアングルが注目を浴びている。未来に求められていくのは、よりオリジナルな地図であろう。さあ、地図がイケてる番組を創ろう!
(2015年12月)

(加藤義人)