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Y's cafe 五代目社長の眼

「日々の暮らしに『旅』がある」

「世界は嘘で出来ている」 作・演出/田村孝裕
ONEOR8 @スズナリ
ある日、清掃人の兄(甲本雅裕)は小さなアパートの一室で孤独死していた男(恩田隆一)の部屋の整理を依頼される。弟の変わり果てた姿だった。正直者の兄と嘘つきの弟。二人が生きた40年間がタイムスリップしていく。すべてを飲み込もうとする兄。飲み込んでもうまく咀嚼できずに苛立つ弟。幼い兄弟に母は大人の事情を淡々と語り聞かせる。ある人がつく「嘘」は別の人にとっては同じ「嘘」なのだろうか。「嘘」がいくつか重なると「まこと」になっていくふしぎな感覚。スズナリのワンセットの中で現代と少年時代が交錯する構成を田村はセリフ、動き、明かりを巧みに使いながらきわめて滑らかに展開する。
歌舞伎や浄瑠璃、落語でも一瞬のさりげない仕草や顔の向きの変化で軽々と時空を超えて劇的空間は翼を持って「旅」をする。二時間弱の芝居尺の長さが感じられないほど充実した舞台だった。
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祖母が温泉好きだったこともあり、幼い頃私は毎年のように各地の湯治場に出かけた記憶がある。南伊豆は河津温泉、少し入った峰温泉。信州は戸倉上山田。風呂上がり、千曲川の川風が心地よい笹屋。軽井沢は星野、塩壺、小瀬、千ケ滝。それぞれに祖母お気に入りの定宿があり旅館に着いて荷をほどき、地元の茶菓子の饅頭や落雁を頬張りながら祖母が心付けを仲居さんにそっと渡す仕草を見て大人の世界のしきたりをかいま見た気がしていた。糊のきいた襟の少し固い子供用浴衣に着替え、手ぬぐいを首に巻き丹前をはおると温泉支度の出来上がり。湯当たりするほど上気した心とからだでスリッパをペタペタさせながら長い廊下を部屋に戻る。濡れたままの手ぬぐいを衣桁に吊るして遊んでいるとしたたか叱られる。夕食の時間までトランプをしたりして過ごしたあの時間の短かったこと。ゴルフと泳ぎが得意だった父は箱根、大洗、熱海が好きで、とりわけ海は遠泳だとばかりにひたすら泳ぐ。幸せそうな家族が一家で砂浜に御座を敷き、貸しビーチパラソルの下で寝転がったりしている軟派な海水浴は好まず、もっぱら磯で泳いだり、かにを採ったりを子どもに強いた。海の家で砂まじりの座敷に濡れた水着のまま腰掛けて塩ラーメンや焼きそばを頬張る楽しさを覚えたのは大学に入ってから後のことだった。小学二年生の頃、私は大洗の海岸で朝ぼらけ、ゴムのビーチサンダルを部屋から持って出ればいいものを大人ぶって旅館の下駄を履いて磯に繰り出し、濡れた岩の尖りに足を取られてしたたか滑り膝頭を切った。老舗旅館の玄関に立ち尽くす足血だらけの子どもに下足番のおやじも色を無し、朝食前の旅館はひとしきり騒ぎになった。つまらぬ不注意でせっかくの夏休み旅行を台無しにしたことから、以来、父はことあるごとに騒ぎを起こす私を「事件屋」と呼び、そのたびに雷を落とした。

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「Mr.カミナリ」 作/金沢知樹 演出/三宅裕司
劇団スーパーエキセントリックシアター創立35周年
記念・第52回本公演 @サンシャイン劇場
“カミナリ”とは雷おやじのことである。空き地で野球をしていて近所の窓ガラスを割ったり、鳥居をゴールに見立てて不届き者がサッカーをしたり、子どもの仕業に黙っていずに叱るおやじがかつてはいたのだ。
“雷を落とす”という言葉さえあまり使わなくなるほどおやじの威厳が問われている時代なのだと思う。
いい台詞があった。それは現代のカミナリ親父が子どもを叱り、思いあまって頬をうったあとの場面で三宅裕司がつぶやく。
「どんなにネットで検索しても、その頬の痛みは出てこない」
ストーリーの中で何曲かの印象的なオールディーズが歌われる。
♪So Much In Love
メロディが流れてくると西海岸サンタモニカあたりのブールバードに立ち並ぶ巨大でド派手なサインボードの脇を颯爽とオープンカーを滑らせているドライビングショットが浮かんでくる。あまりにも定番なイマジネーションだが実際に現地に行ってみるとアイスもでかいは、ステーキもビーサン級の大きさでカーラジオから心地いい曲が流れていたりするのだ。日本では山下達郎が On The Street Corner で軽快に聞かせるヒットナンバー。指を鳴らしてリズムを刻みたくなるこの名曲は1963年にフィラデルフィア出身の黒人ボーカルグループの全米ナンバーワンヒットソングだ。今回のSETの舞台では田上ひろしがリードをとるアカペラコーラスがいい。田上さんの真っすぐで柔らかなソロの歌声には誠実さがあり、いい曲を丁寧に歌っているのをライブで聞くと妙に心響くものだと感心させられた。
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西伊豆から先は祖母のお伴でばかりだった。特急「あまぎ」に乗って海岸線を走る。河津駅で降りてバスに乗り換え、温泉街にたどり着く。峰温泉の宿には小さな温泉プールがあった。温泉プールといっても幅3メートル、長さ10メートルに満たない大きな露天の湯船のような代物で昼間、そのプールには殆どひとけがない。子どもごころにドキドキしながら飛び込むと水中は、降り注ぐ陽光が湯船に斜めに射すとプールの壁面にびっしりと生えた緑の藻がゆらゆらと光り輝き、まるで深海の中を潜っているような気分がした。最初は泳ぎだしてもはるか遠くに感じられた10メートルほどの距離が、体格が成長するに従ってどんどん近くなる。子ども心に永遠に思えた距離が、いつしか手の届く近さであることを知るように。

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特急あさま号は、好きな列車のひとつだった。
上野であわてて乗りこんだあと、安中の製錬所の煙たなびく風景を見ながら、横川に着き、白衣を着て小豆色の帯に大きな四角い箱にびっしりと載せられた弁当からおきまりのように「峠のかまめし」を買う。横川—軽井沢間の信越本線は急勾配の難所として古くから知られ、連結し直した車両がバックで進んで行くループ式で碓氷峠を越える。今は、長野新幹線にとって変わられたが、その区間をかつてあさま等の列車が緑濃い峠道を歩くような速さで進む時間は、山道を一歩一歩踏みしめて歩いていくそれに似ている。

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大学のゼミ創立35周年パーティーに出席した。
折から学祭が開かれており、立て看よりもたこ焼きの匂いとライブの喧噪が大きな顔をする校内にいささか気後れする数年ぶりの母校の風景である。
そうか、入場料なんてないんだ。我々の頃は、学祭のパンフレットが入場料代わりで、それが大切な資金源でもあって…。
会の冒頭、教授は記念講演に立った。
「出席を取ります! 吉永小百合さん」
会場全体が一瞬、凍りつくほどシーンとなった。
冗談をほとんど言わない法学者がこの日のために練ってきたとっておきのジョークに違いない。ざわつきだす顔ぶれをみて教授は「うちじゃないね」とつぶやいた。安堵の空気と温かい笑い声が流れて四角い会場が少し丸くなった。
次に教授少し寄り道。持参した古びた一冊の文庫本を出す。井伏鱒二の山椒魚。
教授問う。「この表紙の挿絵を描いたのは誰か知っているものはいますか?」
手を上げるものなし。井上靖の額田女王は上村松篁である。最近の文庫本の表紙に芸術が少ないと嘆く。最後にこの日、出席者に配った自らの近著について触れる。もう一度勉強しろという無言の教えなのだ。さらに本の巻末にある索引を開けと全体に告げた。懐かしき不動産、民法関連の重要語句が目に飛び込んでくる。言葉の記憶や専門書特有のインクの匂いがつかのま学生時代に「旅」をさせる。悠長なノスタルジーに教授が喝を入れる。
「この中で今、君たちがわかる言葉はあるか?」
一同、シーンとなる。
一生勉強なのである。
(加藤義人)

(2014年11月)