テレビマンユニオン リクルート2020 | TV MAN UNION RECRUIT2020
Loading...
河原 剛 

ディレクター 河原 剛 

1989年、テレビマンユニオンに参加。MBS「世界ウルルン滞在記」、TBS「世界ふしぎ発見」、YTV「遠くへ行きたい」、NHK「奇跡のレッスン」のディレクターとして活躍。 


田舎者の私がなぜ、
テレビに憧れたのか?

私が生まれ育ったのは…瀬戸内海の小さな島です。
私が見た初めての外人は、宣教師でした。月に一度、船で島々を廻り布教しにやってくるのです。 その船の名も「キリスト伝導丸」…そのまんまの名前でした。
しかし、その船に乗り込むと美味しい見たこともない洋菓子が食べられました。私はそれ欲しさに、宗教の壁を乗り越え、おばさんたちの反対の声も聞かず、隠れながら乗船したものです。外国人がタダでお菓子をくれる。今思えばそれが一番のカルチャーショックでした。
自分の小遣いも自分で稼ぐ!それがルールの島です。高校から帰ると、友人の漁を手伝い、小銭を稼いだものです。徹夜で勉強した覚えは一度もありませんが…徹夜で釣りは毎日していました。よくもまあ、そんな島から…なぜテレビの世界に入ったのか?今でも疑問です。

でもテレビが大好きで、「ヒューマンドキュメンタリー」をよく見ていました。今でも覚えているのが「素晴らしき世界旅行」のヌーの大移動!これは泣きました。ヌーの移動が始まる頃はいつ放送されるのか、指折り数えていた程でした。他にもアマゾンの原住民の暮らしに大感動していました。自分も「もっとでかい世界を見てみたい!」と、思い始めて、まずは本土(日本)に、そして世界に行ってみたいと考え出したのです。
それから何の当てもなく、新幹線に乗り、東京を目指しました。色々なバイト(一世風靡のバックで踊ったり、ドラマのエキストラやハガキ整理)を経て、テレビ番組の制作会社に入りました。最初はもちろんADです。これが本当におもしろかった!師匠にあたる人ができ、入ったばかりの私に最初から取材をさせてくれたのです。特に街頭インタビュー!とにかく相手の懐に入りこみ、話を聞くことが楽しかった。ある時は、事件の被害者宅に一ヶ月も泊まり込み、家族のような関係になったほどです。この経験が今の私をここまで、この業界に残してくれたのだと思います。元々人が好きでしたし人に興味がありましたから…人と真剣に向き合う取材が向いていたんだと思います。

知らない町で知らない人と話すのが好きで、知らない世界を見るのがもっと好きで、最高に楽しい仕事です。一度仲良くなると、取材に関係なく、ただで寝泊りできる仲間が増えていきました。
日本全国…世界各国…今ではたくさんの家族がいます。いつでも「ウエルカム」と言ってくれる私の家族です。島で見ていたテレビが、私の人生を変えてくれました。
そんなテレビを一生作りたい!と思っています。私も今年53歳。子どもは3人。稼がないといけない身ですが…この仕事にして、ほんま正解でした。


OTHERS
その他のメンバーの声

宇都 浩一郎
ディレクター宇都 浩一郎
広く浅く、ところにより深く
岸 善幸
ディレクター岸 善幸
ここでできること