童謡を聞いて、ふと子供の頃の景色を思い出すことがあります。しかもありありと。私がしばしば思い出すのは、私が5歳ぐらいの記憶。今は亡き母に手をひかれ、近くの幼稚園からの帰り道。生け垣が長くつづく細い道。近くの家のラジオから音楽がもれている。なぜかいつも晴れていて、太陽はちょうど真上にあって、空はあざやかに青いのです。その道で母に童謡を歌ってもらった記憶はないのですが、童謡を聞いているとこの風景が鮮やかによみがえることがあるのです。ふしぎなことに、童謡を聞けば必ずこの記憶がよみがえるのではなく、またある特定の歌がきっかけというわけでもありません。ほんとうに不意に、突然、その瞬間が訪れるのです。こうして私はいつ訪れるかわからない、母の笑顔に会えるタイムマシンの入り口を探して、童謡を聞きつづけています。
（中村哲夫）